2007年12月3日月曜日

変なオジさん

 
 昼食を食べて、公園のベンチに座って最近クセになってしまった”空眺め”をしていると、突然、空が見えなくなって60歳ぐらいの白髪のオジさん顔が目の前ににゅっと現れた。

 すごくびっくりして座り直し、たぶんハッ!?っという顔を僕はしたと思う。
 でも、オジさんは足を広げた仁王立ちの状態で、目を見開いて僕の顔をかなりおっかない形相でにらんでいる。
 会社の近くの公園だし、会ったことはあるけど忘れてしまった人に違いないととっさに思い、「え・・・っと、誰だったっけ」と頭の中をミキサーのように急回転で回して考えてみるが、まったく誰だか思い出せない。
 
 その間も目の前60~70㌢ぐらいの距離でオジさんはまばたきさえしないで僕の顔をじーっとにらんでいる。

 10秒なのか15秒なのか長い沈黙の前に僕は思い出すのをあきらめて、オジさんと僕をへだてる空間に向けて「はぁ」と声にしてみた。

 すると、返事をするどころか、そのままの顔をぐっと僕の方に20㌢ぐらいさらに近づけてきた。
 その時点で、僕はこのオジさんが知っている人で忘れたわけではなく、ましてや知っている人がからかってそんなことをしているのでもなく、”完璧な変なオジさん”であることがわかった。

 僕はふぅーと息を吐いて、「このオジさんはまた僕に何を伝えに来たのだろうか」と考えた。
 
 3年ほど前から僕は今日のように(公園で突然出現して無言でにらまれるようなことは初めてのことだが)まったく知らない人からすぐそばで独り言のようにつぶやかれたり、なにげに言葉をかけられたりすることがあったが、このうち幾度かが、すでに亡き母親がこの人の口を借りて僕に言っているんだ、と一瞬にしてはっきりわかる経験をした。なぜと言われてもうまく説明することはできないが、いかなる疑問もはさむことのできない正真正銘の母の声であったのだ。
 その内容はたいがいがその時僕がおかれている状況に対する苦言だったり、エールだったりして、その都度、胸に深くしみる言葉だった。

 だから、オジさんが”変なオジさん”だとわかっても、「今日は何を伝えに来てくれたんだろう」と気持ちが切り替えられてしまうとあとはずいぶん落ち着いてオジさんと目を合わせ続けられることができた。

 ”こんなに人と見つめ合うのは何年ぶりだろう”と考えていると、そんな気持ちを見透かしたわけではないだろうが、またまた突然、オジさんはすばやい動きで僕が座っているベンチの左側にドサっと座り込んできた。

 これにはさすがに驚いたが、僕は一切目を合わさずそのまま前を見たまま座っていた。
 オジさんもまた前を向いたまま座っていた。

 それから30秒ぐらい沈黙が続いただろうか。オジさんは僕の方に身体を向け、言葉を発した。
 僕は、「そら、来たぞ」と顔はそのままで耳だけをそばだてると、風貌とはまったく不釣り合いな小さなかわいい声で、  
 「逮捕する」
 と言った。

 思わず、「はぁ~」と言いそうになったが、グッと我慢すると、続いてオジさんはこう言った。

 「タケチャン・・・・」

 僕は再びとっさに理解した。
 これは、母親の口もご先祖の口もまったく借りたオジさんではなかったと・・・

 僕は立ち上がり、前を向いたままちょこんと頭を下げてその場を後にした。

 


 
 

 

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