2008年1月6日日曜日

神社でお願いごとをしてはいけない

 僕は神社に行くのが好きだ。
 天気の良い休日に近所の神社に出かけたり、仕事場がある東京の下町には神社が多いので出がけに立ち寄ったりする。だいたい週に一度は神社を訪れていると思う。

 神社に行くからといって特別にうやうやしく参拝しているわけではない。
 神社の境内のベンチに座って20~30分ほど参拝する人や首を振りながら歩き回る鳩や青空を眺めたりしながら、ただボ~っとしているだけである。
 でも、それだけで神社を守るように立ち並ぶ鎮守の森や土地から立ち上るパワーをたっぷりともらって、清々(すがすが)しい気持ちになれる。
 これにはちゃんとした理由がある。昔は人が集い新しい町がつくられる際には、真っ先にその町の中で最も気が良い場所を探しだし、その土地に神社が建てられていたからだ。
 だから古くからある神社は気がいいところが多い。

 気の良い場所は「イヤシロチ」といわれる。イヤシロチは気を敏感に感じられる人ならすぐにわかるが、そういった力がなくてもわかる方法がある。身体をいやすために動物がよく集まってきたり、植物の生長を促すために農作物の実りが良かったり、食べ物が腐れづらかったり、そこに住んでいる人がそろって健康であったり・・・などの特徴があるからだ。
 これとは逆なのが「ケガレチ」といわれる土地で、特徴も当然、その逆が表れるおっかない場所である。

 だから、昔の人はケガレチに家を建てたりするような愚挙は絶対に犯さなかった。今はそんなことを教え伝えてくれる人もいないのでお構いなしになってしまっている。
 さらに、昔の人は普通の土地を「イヤシロチ」に変える方法も知っていた。細かなやり方があるが、一部の知っている人は、家を建てる前にはまず地面を掘って大量の木炭を埋めて“イヤシロチ化”を行ったりしている。

 神社は本来、この「イヤシロチ」が持つ豊かで良好な気をいただくために訪れるところだった。
 それが今ではお願いする場所になってしまっている。
 でも、実は神社でしてはいけないことは「お願いすること」なのである。
 たいがい、初詣をはじめ、お参りは自分が暮らしている町の神社を訪れるわけだが、神社に祀られている神様はそこに暮らす人を日々刻々たえず見守ってくれている。
 ケガをしないように、病気をしないように、ちゃんと生きていけるように・・・とまるで親のように片時も忘れずに、自分が見守る町で暮らす人々のことを気にかけてくれている。
 なのに、そんな神社の神様に「(もっと)こんなお願い事をかなえてください」「こんなものが手に入りますように」と次々と求めたりしたら、さすがの神様でもあきれるか、怒ったとしても仕方ないと思う。
 神様は与えるべき物事はすでにすべて与えているのである。

 だから、神社には「こうして無事に生かされています、ありがとうございます」「願い事のために頑張れるよう健康でいられています。いつも見守ってくれてありがとうございます」 
 といったような“感謝を言いに、伝えに訪れる場所”なのである。

 感謝にはおもしろい法則があり、感謝を言葉にすると、もう一度感謝をしたくなるようないいことが必ず起こるようになっている。
 これが「言霊(ことだま)は発した人に宿る」ということである。
 感謝するともう一回感謝するようないいことが起こる。だからまた感謝する、といったふうに感謝している人にはずっといいことが起こるようになっている。

 「・・・してください」「・・・を叶えてください」というのはある意味では不平不満であり、不平不満を言葉にしているともう一回不平不満をいうようなことが起こる。そこでまた愚痴や悪口、不平不満を口にするとまた次の不平不満をいわせるようなことが続いて起こり”ずっと不幸な人”になる。良く観察すると、その負の循環に入った人はけっこういるものである。

 というわけで、欲張りな僕は仕事で知らない町にいくと、そのたびに町の氏神様である神社の場所を地元の人に聞いて、まず最初に立ち寄って「こんな事情で町に訪れましたのでよろしくね」と断りをいれたうえで、いい気をたくさんもらい元気になって、”氏神様公認”のような顔をして現場に向かっている。

8 件のコメント:

yumeko さんのコメント...

このブログからもいい気がいっぱい出ていると思います。
読んで、たくさんの元気をもらっています。
Merci beaucoup!
 

そわか さんのコメント...

 yumekoさん
 自分がよかったな、楽しいなと思うことを勝手気ままに綴っているのですが、どこかで誰かのしあわせな気持ちのちょっとしたきっかけになれたのだとしたらこんなにうれしいことはありません。
 過分なお言葉をいただき、ほんとにありがとうございます。

 yumekoさんにとって今年も春の小熊がお腹を抱えて笑っているようなよきことが太陽の光のごとく降り注ぎますように!
 本年もどうぞよろしくお願いします。

 
 
 

大熊星 さんのコメント...

そわかさん、こんばんは。
本の紹介や、為になるお話を、メモを片手に楽しく読ませていただいています。
忙しい日々の中の、ささやかな楽しみです。
ありがとうございます。

そわか さんのコメント...

 大熊星さん、こんばんは。
 今日はどんな一日でしたか。
 
 僕は、明日から本格的に仕事が始まるので、ブログに書いていたように神社にぶらりと立ち寄って元気を充電してきました。
 すると、その帰りに近所の知人にばったり遭遇。新年のあいさつ後「1日からタバコをやめて今日で6日です」とのこと。
 僕も昨年、タバコをやめて、彼もなんとかそうしたかったらしい。
 「ムリをすることはないけど、きちんとやめることができると、それまで気づかなかったすばらしいことが見えてきますよ。1ヶ月を乗り切って、一緒に一杯やりながら、その話で盛り上がりましょう」と励まして別れました。
 今が一番つらい時だけどがんばれ~!乗り越えられない課題は与えられないんだから~!

 今も昔も”一年の計は元旦にあり”なんですね、きっと。

 どんなことが叶っていくのか楽しみにできる一年にしていきたいですね。

 

nozomi さんのコメント...

 いま母に電話して、ありがとうについて話したところです。二人の姪たちの大学合格について、まだ合格する前から「合格させていただいてありがとうございます」と言い続けたら、本当に合格しちゃったよっですって。さすがわたしの母です。
 乗り越えられない課題はないんだから〜って、あなたに言われると、ほんとうに元気出ます。母も同じこと言ってました。
 また向田邦子読み直してます。
 仕事始まってるようですが、身体に気をつけてね。

そわか さんのコメント...

 nozomiさん、ありがとうございます。
 姪っ子さんたち、ほんとに良かったですね~。合格おめでとうございます。

 そして、願い事をかなえる法則を実行しているnozomiさんのお母さんもすごい!

 身の回りでも「過去完了+感謝しま~す」の魔法の言葉によって願ったことがかなう現象がいまでもたくさん起こってます。びっくりです!

 ドイツ人の俳優が書いた「願いをかなえる法則」の本を見つけ、読んだらかなりおもしろかったので、近いうちにご紹介しますね。

 「nozomiさんは今年も、幸せな気持ちで毎日をニコニコに過ごすことができました、感謝しま~す!」
 
 
 

空気きれい さんのコメント...

今年のわたしは自然にできました。

というのも、今までのわたしは確かにお願い事をしていました。むしろ、問題が起こると神頼みのため神社へ・・・


ある日、父親とたわいもない話の中で「神社でのお願い事」について話をしました。
すると父親は、『神社は願い事を言いに行く所ではない。日頃の感謝を伝えに行く場所なんだ!』と切実と話をしていました。

ふと、その言葉に納得というか気付かされました。確かにそうだ。


昨年色々な出来事があったわたしは、今年の1日に初詣に行き、初めて素直な気持ちで「感謝」を伝える事が出来ました。

最後になりましたが、
そわかさんの文を読み改めて実感しました。
ありがとうございました。

そわか さんのコメント...

空気きれいさん、こんばんは。
神社のお役目のこと、お父様はきっとご存じだったのですね。
身近にそうした方がいらっしゃるのは希なことで、ほんとに幸せなことです。
ありがたいですね。
僕も物心ついてからずーっとお願い事のために神社を訪れていて、ある時、ある方から「(神社に)訪ねていった時にはもう何しに来たのか(神様は)全部わかっているのにねぇ」と言われたことがありました。
その時は何を言われているのかわからずじまいでした。ブログで紹介させていただいたことを知るのはそれから4年も経ってからです。
自分が気づくように他人の口を借りて伝えてくることがあると知ったのもその頃のことでした。
だから出会う人を大事にしなくちゃいけないんでしょうね、きっと。
これまでも気づかずによく失敗しましたし、今でも失敗の連続ですが、「気づき、そして始めるのに遅すぎることはない」と信じて日々過ごしてます。

「空気きれいさんに、こんなにたくさん幸せなことばかりでほんとにありがたいな、と毎日思える2008年がおとずれました、感謝しま~す!」(変な日本語のようになっていますが、願いが叶う魔法の言葉ですので、次回のブログをお読み下さい)

これからもよろしくお願いします。