2008年7月16日水曜日

「馬鹿」の始まりは「愚痴」

 

 不遇の時は「愚痴」が口を突いて出やすいもの。でも、よした方がいい。

 「愚痴」は梵語(ぼんご)で「モーハ」といい、

 それがなまって「馬鹿」になったといわれる。

 「馬鹿」の元は「愚痴」だったのである。

 「愚痴」を言えば言うほど頭の巡りは良くない方向に向かうということかもしれない。


 では、不遇の時はどう過ごせばいいのだろう。

 それぞれにいろんな過ごし方の知恵があると思うが、
 歌人・石川啄木は不遇の時の過ごし方をこう歌った。


 「友がみな われより偉く見ゆる日は

     花を買いきて 妻とたのしむ」


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2 件のコメント:

minori さんのコメント...

おはようございます。早起きですね。
朝から、このように素晴らしい言葉が頭を巡るとは、今日も一日きっとよい日になるでしょう。

そわか さんのコメント...

ありがとうございます。
「日拝」を始めてから、早起きとなり、生活のリズムもますます変わってきたような気がします。

昨日はお陰様で「よい日」となりました。

夜は友人に声をかけられ、靖国神社の「御霊まつり」に足を運んできました。
お詣りをすませ、今年最初の夏祭りを楽しんできました。
夏祭りの季節です。
本格的な夏入りを迎えようとしています。
今年もよき夏を送りたいですね。