2008年5月17日土曜日

「写経」は自分自身。埋める・流す・燃やすの処置が「供養」「浄化」を叶える



 般若心経を写し書く「写経」を書き始めてから5年ほどになる。
 1ヶ月ほど平気で書かないでいたりするのだからとてもじゃないがまじめな“書き人”とは言えない。
 それでも、途中でやめることなく続けてこられたのは、「写経に感謝している」からだと思う。
 よき人や物事との出会いの始まりは、この「写経」からだったという確信のようなものがある。
 人はそう簡単には変われないだろうから、“気づき”をたくさん得られるようになっただけなのかもしれないが、そのことによって僕は幾たびも救われた。

 般若心経は266文字で構成されており、表題の摩訶般若波羅密多心経の10字を加えてもわずか276文字を写し書くだけだが、「お釈迦様が伝えたかったすべてがここに込められている」という話も聞く。

 般若心経にまつわる話はいくつもあるのだろうが、僕が好きなひとつの物語がある。以前にも書いたことがあるが改めてご紹介したい。

 般若心経は、玄奘三蔵がインドから中国に持ってきたといわれる。玄蔵三蔵は「西遊記」の“三蔵法師”としてよく知られたお坊さんだ。
 三蔵法師はすばらしい徳を備え、しかも大変に魅力的なお坊さんだったらしく、立ち寄る国の王様が一度会うとずっと一緒に居たくなる。だからいろんな理由をつけては出国の邪魔をしようとする。
 このことが、次々と妖怪が登場しては三蔵法師一行の行く手をはばみ、孫悟空、沙悟浄(さごじょう)、猪八戒(ちょはっかい)がそれら妖怪を退治しながら脱出して旅を続けていくという今に伝わる物語になったそうだ。
 そんな魅力あふれる三蔵法師が旅の途中で身体中が化膿(かのう)し、至る所から膿(うみ)をたれ流した女に出会う。
 当時この病気は誰かにその膿を口で吸ってもらうと改善するという言い伝えがあった。だが、その女は身内がひとりもいないためお願いできる人は誰もおらず、偶然見かけた三蔵法師に膿を口で吸いだして欲しいとお願いしたというのだ。
 一緒に旅をする付き人がのけぞってしまうような姿の見も知らぬ女からの突然のお願いを、三蔵法師はなんの躊躇(ちゅうちょ)もなく「よろしいですよ」と快諾し、女の肌に口をつけて膿をズルリと吸い出した。
 するとその瞬間、その女は金色の光に包まれ、「観音様」に姿を変える。
 観音様は神界で三蔵法師のすばらしいうわさを聞き知って、自分の目で確かめたくてみたくなり、あえて難病の女に姿を替えて試練を与えてみたのだった。
 それに対して、まったく躊躇することもなく瞬時に救済の行為を行った三蔵法師に観音様は痛く感動し、
 「おまえはこれまでも大変な苦労をしてここまでたどり着いたことをわたしはよく知っている。
 ただし、これからはもっとつらく苦しい困難が待ちかまえているだろう。
 しかし、神はその人が越えられない困難を科すようなことは決してしない。
 おまえならその困難を乗り越えていける。
 でも、長い人生の中には『どうしても耐えられない』とくじけそうになることもあろう。
 その時はこの言葉を唱えなさい。さすれば、神の世界からわたくしが困難を乗り越えられるようおまえの元に瞬時にして後押ししにまいるから」
 と言った。
 この時、観音さまが“もしもの時のために唱えるよう三蔵法師に授けた言葉”が、「般若心経」だったのだ。

 僕は、この話を昨年知った。そして「写経(般若心経)に出会えてよかったな」とつくづく思った。
 そんなわけで今もこうして写経を続けていくことができている。

 「写経」を水から墨にすって筆で書いていくことは、命の波動である炭素6と水素1の波動が筆先を通じて半紙に書き記されていることになる。
 般若心経という形に替えて自分自身を書き記しているということになるらしい。

 このため、写経は書くことのすばらしさと合わせて、書いたもの<自分自身>をどう処置するかに大きな意義があり、願いごとがあればそれぞれの処置の仕方で効果という現れが導ける。
 自分自身である写経であるからこそ、それを使って、先祖や大切な人の供養、此岸(こがん=この世)の悩みや不安、願いなどの浄化、祈願ができるのだ。

 方法は「埋める」「流す」「燃やす」ことである。
 書いては埋め、書いては流し、書いては焼くことのみである。
 
 写経には作法と様式があるが、僕の書いている写経の作法は「水から墨を摺(す)って筆で書くこと」のみである。
 様式には大いなる意味がある。「19行×14字」にピタリと収まっている般若心経を手本としているのだ(ちなみに多くはそうなっていない)。
 僕も厳密なところまでは知識が至らず、参考としていただけるかどうか心許ないが、
 観世音菩薩(観音様)と深く関係があるらしい。
 観音様は人々からもっとも愛されている神様のひとりであるが、仏の世界では、末世に人々を救いに来るのも観音様といわれている。この世を救済に現れる観音様は「仏身」「声聞(しょうもん)身」「梵王身」など、「33」の姿に変身して人々の前に現れると言い伝えられている。
 この「33」という数字は、「西国三十三所観音霊場」や「坂東三十三所観音霊場」、「三十三間堂」の由来にもなっているほどで、大変重要な意味を持つ数字なのである。
 写経の大家であり、この様式の大切さを伝えた橘香道(たちばなこうどう)先生によると、
 「小観世音である人の額を19(トコタチ)と言い、へそを14受(トヨウケ)と言う。このトコタチとトヨウケを合わせると33になる。
 一方、世界を見守る大日如来ともビルシャナともいう大観世音の頂点は国十九立(クニトコタチ)と言い、終点を十四雲野と言う。すなわち19と14を合わせて33になる。タテ14字詰めは14受であり、19行は19立である。すなわち写経の書式が観音の働きを示しているのである。それゆえに他の般若心経の様式では功を奏さないのである」と述べている。

 供養や浄化、お祓いをする方法は、墓や近くに墓がない人はお地蔵さん、関わる場所などで、それぞれの目的で処置する枚数などに違いがあるが、基本は先に述べた「埋める」「流す」「燃やす」である。

 
お役に立てるかどうかわからないが、この「観音様の様式」になっている般若心経の手本を添付しておきます(データで必要な方は上記のメールアドレスにご一報くださればすぐにお送りいたします)。
 用紙はそれぞれ近くの文具屋にもあるのかもしれませんが、僕は和紙100枚つづりでこの観音様様式の手本がついている用紙を取り寄せています。
 業者の方ではなく、先の橘香道先生の娘さんの榊原タカ子先生という方がお分けしてくれるので安心です。値段はひとつづり1500円だと思います。

 また、先祖や大切な人の供養の仕方や供養の言葉、病気、結婚、水子、商売、人間関係などの問題解決が示された「写経と人生」という書店では入手できない本もお願いすればまだ入手できるかもしれません。
 写経のこと、供養のことなど丁寧にご相談に応じていただけると思います。(良きことの縁結びと思い、連絡先を記しますが、榊原先生に誰の紹介か言わぬことは失礼ですので、もしご興味があり、連絡を取られる時には、神薗(かみぞの)からの紹介とおっしゃっていただければと思います)
 榊原タカ子先生
 住所:和歌山県和歌山市中之島783
 電話:073-433-8415
 FAX:073-433-8416
 
 よきご縁がありますよう心より祈ります。
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2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

突然ですが、この写経様式は「不許複製」と
なっているはずです。著作権などの問題も含め、公開は一切認められていないはずです。
このブログ上での公開と、データーのやりとりは、あってはならないと思います。
そして、連絡先の公開も、個人情報の公開になり、先生にご迷惑がかかるのではないでしょうか?
せめて電話番号だけにするとか、心遣いをされてはいかがですか?
これらすべて、先生のご了承を得てのことでしょうか?
それならば、なにも申し上げることはないのですが…

葛西隆 さんのコメント...

このブログに出会い、
榊原タカ子先生に電話をさせていただき、
凄く優しいメッセージをいただきました。

先生は、困っている人を無償の愛で包んでくれる人でした。

連絡先を載せていただき本当に感謝しています。