松下電器の創業者である松下幸之助のことを僕はよく知らないが、昨年、松下氏の年少の頃のおもしろい話を聞く機会があり、それから興味をひかれるようになった。
松下少年の実家は事業に失敗して没落。このため、小学校を4年で中退して9歳で大阪に丁稚奉公(でっちぼうこう)に出される。
その頃の話だと思うが、お使いを頼まれた松下少年は川辺で船を待っている。
しかし、泳ぐことがまったくできない松下少年は少々緊張気味。
船が到着し、人々が次々と乗り込む中、列の最後尾あたりにいた松下少年も船に乗る。
すると、向こうから船めがけて走ってくる男がいる。
船頭がもう出発の時間だから間に合わないよ、と大声で伝えるが、男はかまわず船に飛び乗ろうとする。すでに動き出した船に脚をかけようとしたものだから男は体勢を崩してしまう。何でもいいからつかもうと手を伸ばした先には松下少年の肩があった。
松下少年は男と一緒に、川の中にまっさかさまに落ちていく。
男はすぐに泳いで船縁(へなべり)につかまってきたが、松下少年は「僕、泳げないんです、助けて~、助けて~」とおぼれながら大声で叫んでいる。
船客のひとりの男が川に飛び込んで松下少年を救出し、なんとか無事船に引きあげてくれた。
半死半生で横になっている松下少年を見ながら、船客は「この少年はなんてツイてないんだ。偶然手を伸ばしたところにいるんだもんな。この子のこれからの人生も心配だよな。まったく、かわいそうに」と気の毒そうに話している。
横になっていた松下少年も少しすると落ち着きを取り戻して起きあがり、助けてくれた人に何度も何度もお礼を言ったあと、こう言ったという。
「かなづちで、おぼれて死にそうな僕のそばにあんなに泳ぎのうまい人がいて、命を助けてもらえた。
僕はなんてツイている人間なんだろう!」と。
これ以外にも有名な話だが、
小学校もろくに出ていない松下幸之助は「商売の神様」と言われるようになってからも常々口にしていた言葉があった。
「僕は学校を出ていない。でも、その御陰でわからないことがあると恥ずかしがらずに誰にでもすぐに聞くことができる。なんツイているんだろう」
ビジネスの大成功者である松下幸之助はケタはずれのポジティブな思考と言葉を持つ人物でもあったのだ。
今回、読んだ大久光著「松下幸之助の私は『この生き方』を大事にしてきた!」にはこうしたエピソードはまったく記されておらず、その点では期待はずれだったが、いくつかの金言に出会うことはできた。
「『運を天に任せる』、あるいは『人事を尽くして天命を待つ』という。
自分の判断や自分の意志によって努力することは、必要があることもまた事実だ。
何もかも人事において解決できると思うのは、不遜なことでもあるし、神ならぬ人間にはそれだけの力はとてもない。そう思っているぎりぎりまで努力し、あとは天命にゆだねるという潔さが必要である。
そこには安心立命もあるし、それがあることによって、また持っている力がいっそう心おきなく引き出され、大きく発揮できるのである」
「もしあのときこうだったら、というような仮定に立って、過ぎたことを振り返ってみるようなことがよくある。
そうすれば、今ごろはもっと違った状態になっていたかもしれないなどと、いつもまでもクヨクヨ考える。 しかし、人生に“もし”はない。
ということは、あとになって悩んだりすることがないように、常に最善を尽くす生き方をすることが大切になる。
そうした生き方において、事が成就しないのであれば、それもまた仕方がないだろう。そのように受け止めることが、また大切だ。そうした中から、清々(すがすが)しさのようなものが生まれるのだ」
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